『Lobotomy Corporation(ロボトミーコーポレーション)』――「ホラー・オカルト」✖「可愛い」が国境を越えている――
Lobotomy Corporation(ロボトミーコーポレーション)が盛り上がっています。同作品はSteamで配信されている『未知の怪異を、地下施設で管理する』という独特の世界観をもったシミュレーションゲームです。配信はSteam、開発は韓国の Moon Project 。若手のインディーズゲーム開発グループのようです。最近、英語版・韓国語版に加え、中国語版、日本語版がリリースされました。
何がポイントか
サマリとしては
1. 『SCP』や『クトゥルフ』のようなコアなホラー・オカルト設定がニコニコ動画や創作プラットフォームを中心に『可愛さ』によって『再生産』され、10代に受容されつつある
2. そういった世代において『ホラー・オカルト』かつ『可愛い』本作は、自然と注目され、口コミやゲーム実況、二次創作で独特の広がりを見せつつある
3. 上記のような独特の文化によって、現在主流のモバイルアプリ/コンシューマゲームとは別の形での国を超えた盛り上がりが生まれていること
がポイントになります。
なお、私はSCPや本ゲームについては一定知識がありますが、10代に受けている、という部分については掴みかねているところもあり、推測・仮説的な域を出ません。『もっと重要なポイントがある』という方はぜひコメント頂ければ幸いです。
以下、詳細
まず『そもそも、それが何かも不明な怪異(例えば意味不明な形のオブジェクト、明らかに危険な化物……)』を管理する、という非常に難解な『ホラー・オカルト』又はSFチックな設定が、若い層に受けている、ということです。Twitterのリアルタイム検索を見ると、いわゆるゲーム好きより、ゲーム配信や二次創作を好む層に受けていることがわかります。
これには、いくつか理由があります。
まず欠かせないのが『SCP』という偉大な先駆者の存在です。SCPは『SCP財団』という架空の設定をベースとした一種のシェアードワールド(共通創作世界設定)です。
SCP財団Wikiは、都市伝説及び現代ファンタジーをテーマとした共同創作サイトで、超常の物品・存在を収容し、人々の目から遠ざける秘密組織「SCP財団」 を舞台としたフィクションです。
SCPは確保(Secure)、収容(Contain)、保護(Protect)の頭文字であり、まさに『世界に存在する(架空の)危険又は意味不明なオブジェクトを管理する』という設定を持っています。著名なものではその原点であるSCP-173 (簡単にいうと、見つめ続けている限りは安全だが、瞬きなど一瞬でも視界から離すと襲い掛かってくる生き物……という設定の創作)があります。
一見して(また開発者コメントでも発表されている通り)、『ロボトミーコーポレーション』がSCPをオマージュしていることは明らかです。ほとんどのプレイヤーも、その前提で『SCPっぽいものを管理するゲーム』として理解されていますし、実際に各種解説サイトもそのスタンスをとっています。
SCP自体、読み物として面白いのですが、これらが10代をはじめとする若い世代に受容されているのは、やはりニコニコ動画や二次創作の存在が大きいのでは、と思います。例えばPixiv百科事典にも記事があり、イラストも可愛らしいものが並んでいます。ニコニコ大百科も同様です。
SCPは文章自体は元々が報告書をベースとしており、非常に堅く、事務的な翻訳調をとったもので(かつ、日本オリジナルの投稿もそのテイストは受け継いでいる)、書かれている内容もグロテスクであったり、悪趣味である場合が多いです。どちらかと言えば、大人向け。もう少し踏み込めば、海外のGeek、SFファン向け、といった趣があります。
ただ、それゆえに非常に面白い。我々の日常の裏側に、実はとんでもない化物や奇怪なオブジェクトが存在しており、人類をその脅威から守ろうとしている財団やエージェントがいる、というのは、それだけで素晴らしくわくわくしますし、それを大人たちが真剣に投稿している。本当に存在するかのような、もしかすると存在していそうな錯覚に陥る、ちょっとマイナーなコンテンツ。これは(ややオタクな)10代にとっては鉄板でしょう。
SCP自体は非商業コンテンツであり、先に述べた通り、一般的な小説投稿サイトなどと比べれば比較的マイナーなものです。故に『これはめっちゃ面白い』という熱烈なファン、wikiなどの運営者が多数存在し、二次創作や布教、サイト管理に励んでいる、というのもSCPの特長だと言えます。
結果として、元々、ホラーゲーム実況やTRPG実況などでウケの良いホラー・オカルト設定のひとつとして、SCPはニコニコ動画他で一定の広まりを見せます。
ややSCPの話がメインとなりましたが、そういった土壌があっての『ロボトミーコーポレーション』の急速な広がりがある、といえるでしょう。言ってしまえば、ロボトミーコーポレーションのベース自体はある種のSCPファン作品、といっても過言ではないでしょう。
そして、もうひとつのポイントが『可愛さ』です。
元々ニコニコ動画他でのホラー・オカルト、もしくはコアなコンテンツにおいては『可愛さ』によってコアさを中和する、という手法がとられています。
例えば『化物の擬人(美少女・イケメン)化』、淡々とした機械音声による『ゆっくり実況』、更に踏み込めば『アイドルマスターのキャラクタによる戦争ゲーム実況』や『東方キャラクタを使ったクトゥルフ解説』などです。この流れでクトゥルフやSCPといったコアな作品の世代を超えた受容が進んでいるように思えます。コンテンツの『再生産』として、非常に優れた動きだなあ、と製作者の方々には感心しきりです(このあたりの詳細もどこか別で詳しく調べてまとめたいところです……)。
『ロボトミーコーポレーション』も、ほぼ同様の手法がとられています。ある意味で『SCP』がもつ『異形に立ち向かうために、多くの職員が死傷する』といったダークな設定を等身が低くデフォルトの効いた『可愛い』系のキャラクタデザインにより『ニコニコ動画のゆっくり実況』や『二次創作イラスト』風味にすることに成功しているように見えます。もし、これを相当ガチな(イラスト)デザインにすると『XCOM』や『AZITO』のような本格SLGになっていくでしょうし、そうなれば、今のような受容もなかったでしょう。
※もちろん、別の市場を開拓できた可能性もあります。ゲーム性について言及すれば、SLGというよりは試行錯誤を繰り返す配置パズルに近いものです。むしろ、それが実況などでウケている、ということからして、ゲームデザイン✖アートデザインの狙い、という点でも開発チームのセンスが優れているのだと思います。
※余談ですが、XCOMレベルの超本格的なSCP管理ゲームも、自分はやってみたいです。
※ガイド役のAIとの会話シーン。可愛い。お洒落。日本のADVゲーム的ですね。
※実際に対処しているシーン。SCP好きはにやっと出来ますし、適度に世界観を持ちつつ、職員(右側)も、対峙するオブジェクト(左側)もなんか可愛い感じが出てます。
全体的なデザイン、テイストはどちらかというと『ペルソナ5』に近い印象もあります。そのへんの影響もありそうです。
SCPという先駆的ホラー・オカルトコンテンツ✖『可愛い』系のデザイン。
ある意味で、日本のニコニコ動画で行わている受容に、ぴったりのアート・UIデザインが行われている、というのは『インディーズ』という世界の先進性をとても感じました。もちろん、他にもホラー✖『可愛い』にはたくさんの事例があると思います。 言ってしまえば『三国志の擬人化』と『SCP✖可愛さ』というのは似ています。どちらも一見コアなものを、別の形で再生産して当たっている、といえるからです。
しかし、SCPというコアなコンテンツ、ニコニコ動画や日本の二次創作的『可愛さ』、有償のインディーズゲームの早期アクセスでの流行、といった要素を鑑みると、今回は、面白い事例だなあ、と思い、本記事を書きました。
そして、最後のポイントが『この流行が、主流のモバイル/コンシューマゲームとは明らかに違うところで起きている』ということです。もちろん、規模を比較してしまえば月とスッポンかもしれませんが、こうした独特の掛け算による流行が『国を越えて起きている』というのは非常に面白いことです。将来的にマスになるかは別として、こういったコアな局所的流行が、将来の主流になることがないとは言い切れません。むしろ、ここまでコアなテーマ✖独特の『可愛さ』を持つゲームが、韓国で生まれ、英語・中国語・日本語版を出すほどに国を超えて注目を集めていることには、今後のアジアのコンテンツ産業を考える上で、重要なヒントのように感じます。
なお、あくまで個人的な感想や解釈のため、ご意見ご感想があればお気軽にコメント頂ければと思います。いずれにしても『Lobotomy Corporation』は、今の10代向け作品を知る、という意味でも、SCPファン作品としても、面白いものです。ぜひプレイして見て頂ければと思います。